わたしのこと

Profile

 

大島 悠 | 企業広報支援ライター

おおしま・ゆう  —  企業の広報・PR支援を行っているフリーランスライター。会社案内や採用ツール、コーポレートサイト、社内報、各種広報誌などの制作を通じ、企業のみなさまが抱えているコミュニケーションの課題解決をお手伝いしています。

  • 活動範囲:全国どこへでも
  • 活動拠点:東京都世田谷区

お受けできるしごと

[ 経歴・職歴 ]

  • 1983年:栃木県那須町にて、3姉妹の長女として生まれる。
  • 2006年:大学卒業後、雑誌制作会社でアルバイトを始める。 月刊誌等のDTP進行管理をつとめ、制作・印刷の基礎を学ぶ。
  • 2008年:企業広報を専門とするデザイン制作会社に入社。 ディレクター・ライターとして、さまざまな業種・規模の企業の パンフレット、ウェブサイト、販促ツール等の制作に携わる。
  • 2012年:独立を目指し、退職。 休養を挟み、今後の活動について試行錯誤。
  • 2013年〜現在:フリーランスのライターとして活動。「企業広報支援」を軸に、自分にできる仕事の幅を少しずつ広げている。

これまでのこと

 活字中毒は2歳から

小さい頃(両親いわく2歳くらい)からいわゆる活字中毒で、どちらかというと文章を「読む」ほうが好きな子どもでした。今もそう。ただ、両親の教育のおかげで「書く」スキルもそれなりに習得。今振り返ってみると、日記、作文、感想文、レポートや論文、ブログやSNSまで、息をするのと同じくらい自然に、常に何かを書いていました。

 就職活動で完全玉砕

大学卒業後の進路は「活字に関わる仕事」しか思い浮かばず、就職活動で出版社を回ってみるも、もれなく片っ端から玉砕。仕事が決まらないままとにもかくにも上京して、4月半ば頃にすべり込みで雑誌のDTP制作会社にアルバイト入社。

 「企業広報の仕事」と出会う

現場で働くうちに、企業に関わる制作の仕事もあると知り、25歳で企業広報をメインに手がけるデザイン制作会社に入社。メンバー十数名の小さい会社だったので、営業から企画提案、制作管理、実際のディレクションやライティングまで、幅広い経験を積むことができました。

 20代最後にして最大の迷走期

さまざまなお客さまと出会ううち、企業のなかで「書いて、発信する」ことに困っている人が多いことに気づきはじめました。ちょうど自分自身も30歳を目前にして、今後のキャリアに迷いはじめた頃。けっして前途洋々と独立したわけではなく、悩んで迷ってイスから転がり落ちるように退職し、模索続きの毎日を送ることになりました。

 伝わらない肩書きを一新

独立当初は「企業の仕事をするフリーライター」と説明しても相手に伝わらないことが多く、グルメ系の仕事がきたり、ウェブマガジンのまとめ記事作成依頼がきたり……。すこし焦りはじめた結果、「企業広報支援ライター」と名乗るように。自分ができる仕事内容を載せたサイトや自己紹介の冊子、名刺などを作り込み、コツコツと営業活動をしていました。

 


これからのこと

 フリーランス、向いていたかも!?

フリーになって1、2年は苦しかった時期もありましたが、ありがたいことに、3年目以降はいろいろなお客さまからお仕事をいただけるようになりました。どうやら性格的に向いていたようで、日々あれこれ迷いながらも、フリーランスとして自由気ままに仕事しています。しばらくはこのまま、活動を続けていく予定です。

 単なる制作代行ではなく、お客さまの課題解決を

企業広報に携わるようになって9年、私たちを取り巻く環境はずいぶんと大きく変わりました。みずから情報発信することが当たり前の時代になり、「書いて、発信する」ことにお困りの企業さまが、ますます増えていると感じます。

基本的に「書くこと」をサービスとして提供してきた私ですが、最近は単なる「制作代行」というより「この課題を解決したい」「こうしたコミュニケーションエラーが起きているがどうしたらいいか」というようなご相談を受けることが増えつつあります。

また、最近はひとりで書いた原稿を納品して終わり、というのではなく、チームで仕事をする機会も多くなりました。

さまざまな専門スキルをもったメンバーと協業して、ご縁をいただいた企業さまの抱える課題解決に全力で取り組む――今後しばらくは、それをテーマに掲げて活動していきたいと考えています。

 

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