時間を重ねることでしか、解決できないことがある。

22歳のときの私に、32歳(もうすぐ)の私が何か声をかけられるとしたら、なんて言うだろう――。前回の続きというわけではないのですが……最近採用の仕事をさせてもらうことが多く、いつもぼんやりとそんなことを考えていました。あの「学生さんにひとことメッセージをお願いします」っていうやつ。さて。自分だったらどうするだろうか。

 

22歳の頃の私は、世間知らずの甘ちゃんでした。中途半端に挑んだ新卒での就職活動。結果は、全滅でした。

編集者に憧れて、でもそれはまるでファンタジーのように現実味を伴っていなくて、そこに続く道がどうなっているのか、入り口がどこにあるかすらもわからなかった。大学のキャンパスを丸ごと貸し切って行われた、とある老舗出版社の筆記試験会場。採用人数は「若干人」。そこで5ケタの受験整理番号を目にした瞬間に「ああ私なんてお呼びじゃないんだ」と、痛切に思ったんだよなあ。

 

かといって中小規模の出版社や編プロは新卒の募集なんかしていなくて、中途採用はどこも「実務経験3年以上」みたいな条件しかなかった。「じゃあどこで経験積めばいいんだよ」って、半分やさぐれて。でも、私はそんなに器用に方向転換ができなかった。どんなに片隅でもいいから、どこかにしがみついて経験を積むしかない。そう思っていました。他の業界を目指すとか、違う方向の選択肢を思いつかなかったんですよね。未来のキャリアプランとか、一切頭になかった。だって、スタートを切ることすらできない状態だったのだから。

 

 

ーーなんでこんな昔がたりをいきなりはじめたかというと、今日この記事を読んでなんだかぐっときちゃったからです。

 

▼AdverTimes/2015年03月05日 掲載

「とある若者クリエイターの緩やかな死と、バッターボックスの間」
中村 洋基(PARTY クリエイティブディレクター)
http://www.advertimes.com/20150305/article185446/2/

 

とにかく、バッターボックスに立つ。
打ってみる。ヒットかもしれない。アウトかもしれない。
場外ホームランが出なくてもいい。4番じゃなくて、あえて8番レフトを狙ってもいい。
そもそも満員のドームじゃなくて、草野球に変えてみてもいい。

 

原理原則は、
とにかくひとつでも多くバッターボックスに立つこと。
そのための工夫を、どう凝らすかだ。

バットは振らなきゃ当たらない。
10億円のBIGは、買わなきゃ当たらない。

・・・

ありとあらゆる手法を使い、角度を変えて、
とにかく自分をバッターボックスにねじこんでみよう。
悩むのは、それからだ。

 

 

早々に正攻法が通用しないことがわかって、とにもかくにも私はまず、アルバイトで裏方に回った。どんな仕事でもいいから、業界の片隅に入らなくちゃって思っていた。現場は雑誌制作の進行管理。関わっているチームは一流だったけど、私のポジションはベンチ裏のサポートスタッフみたいな。でもそこからは、バッターボックスの様子がよく見えたんです。目の前の仕事をしているうちに、少しずつルールもわかるようになってきて。

やがて、となりでやっている企業広報の仕事に興味が移行。どうにかそれこそ自分を「ねじこんで」、ご縁のあった制作会社に就職。ちょっとずつ、そこでバッターボックスに立たせてもらえるようになった。ただやっぱりその中にも独自のルールというものがあったから、1つずつ打ち返す方法を覚えていきました。ときには華麗な空振りをしたり、打ち返す方向を間違えて怒られたりしながら。

 

「ああ遊軍的なサポートメンバーになるのもありなのか」と気づいたのは、ひと通りのことをそつなく打ち返せるようになったかな? と思いはじめたとき。しかも、意外とニーズがあるらしいということも知る。気づけば30歳も目前。正直、フリーライターに自分がなるなんて、このときまで全く思っていなかったんですよね。でもバッターボックスに立つ数を増やすならそれもいいか、と思い立って独立ーー。

 

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▲ええと、バッターボックスってこれであってる?
ああ、野球が全然わからないからたとえがうまくいっている気がしない!!(爆) ものすごくカッコつけて書きました。ごめんなさい。まあでも、大筋はそんな感じです。正直なところ、ほとんどの選択は直感で何も考えずに決めていました。だから全部「なりゆき」だし、「今振り返ってみて言えること」ではあるんですけど。

 

でも、大なり小なり、目の前にあるバッターボックスにひたすら立つ。その積み重ねがあったから、今の自分が成り立っていることは間違いないなと思います。出版と企業広報という違いはあるけれど、10年をかけて、いつの間にか編集・ライターとして仕事をしている自分がいるという不思議。

 

 

22歳のときの私は、ものすごく焦っていました。早く実績が欲しかった。スキルも全然足りないと思ってた。あわよくば人脈も欲しかった。早く30歳くらいになれないかな、ってずっと思いながらもがいていました。

実際にその30歳を越えて、思うこと。人生には、時間しか解決してくれないことがこんなにもたくさんある。時間をかけて、経験しないと開かないトビラが。逆にスタートがどんな位置であっても、目の前にあるバッターボックスにとにかく立ち続けたら、何かが見えてくることもあるのだ。そう思うと、ほんのすこしだけ自分自身に感慨を覚えます。

 

 

だから、それだな。私が今、就職活動をしている学生のみなさんに伝えるとしたら。

22歳当時の自分に今、声をかけるとしたら。

 

世の中は、その瞬間キラキラ輝いてみえる場所だけがすべてではないよ。地味でも、最初は冴えなくても、目の前にある小さいバッターボックスに立ち続けてみたら、意外な場所にたどり着くかもよ。

 

この先も、私はいろんなバッターボックスに立ち続けるだろう。

いろんな方法で、どうにかこうにか自分自身をねじこんで。

そこで見えてくるものが何なのかわからないけれど、20代の頃のような不安ではなく、今はそれがとても楽しみなのです。