「便利」と「当たり前」の狭間で、私たちは何を選んでいくのか

とある個人商店を営んでいる方から、このあいだ聞いた話。

 

そこのお店はごく小さい規模で、サービスとして近隣に配達なんかもやっています。しかし彼曰く、どうも「最近若い人の注文態度がすごい」らしい。

「30分以内に持ってきてください」
「えーそんなに時間かかるんですか?何とかなりません?」
「明日届かないんですか?困ります!」

 

繰り返しますけど、そのお店は「ごく小さな個人商店」であって店頭での販売がメイン。普段は地元の人に愛されていて、常連のお客さんの笑顔が絶えないすてきなお店です。

ちなみに出前のある飲食店でもなく、別に急を要する商品でもないです。配達はあくまで、近所の人のための「お店の好意による無料サービス」。「早く・安く」というところと競合する必要もないし、そこで勝負する気も全くないそうです。

 

その話を聞いて、「便利になる」とか「サービスの進化」って一体何なんだろうなーと考えてしまいました。

Amazon、楽天を筆頭に、最近の通販などは「送料無料・即日配送」がもはや当たり前。ただ私も大いに恩恵にあずかっているので、そこを否定する気は全くありません。どうしてもすぐ必要なときは、ほんとうに助かってますから。

 

だから、すぐに欲しい人はそういうところに頼めばいい。
ただそれだけの話のはずなんだけどなー、と。

 

どうしても翌日届かないと困るんだったら、そういうサービスを提供している大手を選べばいいだけ。それが「どのお店でもおなじサービスが受けられるのが当たり前」みたいになってしまうのは、なぜなんでしょうね。

 

とにかく「日程」「価格」を優先し、それを実現しているところ。近隣の人とのコミュニケーションや、信頼関係を優先しているところ。世の中が便利になって、ほんとうに多様化したサービスたち。

それを「選ぶ自由」は、いつも私たちのほうにあるはずなんだけど。

 

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